未来のじぶんに、ちょっと先の気づきを
自分らしい働き方を見つけるためのコラム
発達障害があると「仕事を覚えられない」のはなぜ?

自閉スペクトラム症(ASD)やADHDのある方のなかには、「なかなか仕事を覚えられない」と悩んでいる人が少なくありません。
「仕事を覚えられない」と聞くと、記憶力の問題をイメージするかもしれません。しかし、実際には単純に「覚える力が弱い」ということではありません。 では、「仕事を覚えられない」と感じるとき、実際にはどのようなことが起きているのでしょうか。
「仕事を覚えられない」と感じる代表的な例
たとえば、次のようなことが繰り返されます。
- 指示されたことと違うことをしてしまう
- 教えられた作業の工程を抜かしてしまう
- 説明を聞いている途中で分からなくなる
- 基本的なことは教わったのに、実際の場面になるとつまずく
- 何度も同じことを訊いてしまう
こうしたことが重なると、周囲から「何度教えても覚えない」と思われたり、本人自身も「自分は仕事が覚えられない」と感じるようになります。
「仕事を覚えられない」の要因、脳機能の観点から

「仕事を覚えられない」と感じる要因を脳機能の観点から詳しく見ていくと、下記に挙げるようないくつかの脳の働き方の特徴が関係していることがあります。
情報の入りにくさ
最初に考えたいのが、「覚える前の段階」です。
人から説明を受けているとき、ADHDの『注意のそれやすさ』があると、他の別の思考や、周囲の音や動きなどに気を取られ、入ってくる情報が断片的になってしまうのです。そのため、一部を聞き逃したまま理解してしまい、結果として指示とは違うことをしてしまったり、工程を抜かしてしまうことにつながります。
また、『ワーキングメモリ』という機能も関係します。
ワーキングメモリは、聞いたり見たりした情報を一時的に頭の中に置きながら、その意味を考えたり、整理したりする、いわば「頭の中の作業机」のような働きをする脳の機能です。
この働きが苦手だと、説明の前半で机が一杯になって後半を聞くことが難しくなったり、「なるほどそういうことか」と意味を咀嚼しながら記憶することが難しくなります。ですから、話を聞いている途中で「前半部分しか分からない」「何の話だったのか分からなくなった」「理解が追いつかずに何をしてよいか分からない」ということも起こります。
特に、「まずAをして、それが終わったらBを確認して、問題があったらCさんに相談して……」と、口頭だけで一気に説明される状況では、情報が抜け落ちやすくなります。
つまり、「覚えられない」のではなく、そもそも記憶に残すための情報が入りにくいことがあるのです。
覚えたことを手順にして実行することが苦手
説明された内容そのものは理解できていても、それを実際の作業として進める段階でつまずくこともあります。
たとえば、「何をゴールにするか」「何から始めるか」「どの順番で進めるか」「どこまで終われば完成なのか」といった組み立てが難しく、あれこれ考えて過ぎてフリーズしてしまうのです。
これは『実行機能』と呼ばれる脳の働きと関係しています。
『実行機能』は、「ゴールを決める」、「見通しをたてて段取りを組む」、「他に気を取られずに進める」、「全体の状況と照らし合わせて優先順位をつける」、「途中で進み具合を確認する」、「必要に応じてやり方を変える」、といった目的を遂行するための機能です。
特に複数の工程があったり、途中で予定外のことが起こったりすると、さらに見通しが立てにくくなります。そのため、教えてもらったことは分かっているはずなのに、実際には作業が進まず、結果として「仕事を覚えられない」と見られてしまうのです。
覚えたことを応用することが苦手
教わった内容を別の場面に応用することの難しさがあります。仕事では、教えられたとおりの状況とは限らず、もっと細かな手順の工程があったり、少し条件が違ったり、想定外の出来事が起きたりします。すると、「これはどちらにすればいいのか」「教わったケースと違う」「どこまで自分で判断してよいのか」などと迷ったり、分からなくなることがあります。
これは、明示されていない情報や状況を手掛かりに、「おそらくこういうことだろう」と推測することの苦手さと、部分的な情報をつないで「全体像を理解する=要点を理解する」ことの苦手さという特徴が関係する場合があります。これは『潜在的了解の困難』と言われ、物事の概念(全体)理解や、物事の推測・推察といわれる脳の働き方の特徴です。
多くの職場では、「言わなくても全体像は分かっているだろう」とか「ここまで説明すれば、あとは似たようなケースにも応用できるだろう」「どちらでも良いことは自分で判断するだろう」などという前提で教えるために、本人にとってはとても分かりにくいのです。
こうしたつまずきが繰り返された結果、「自分は仕事が覚えられない」という悩みにつながっていきます。 では、どうすればよいのでしょうか。
「仕事を覚えられない」を回避する具体的な行動

大切なのは、「もっと頑張らねば」と闇雲に自分を追い込むのではなく、上記のようなメカニズムのどこで、自分がどのようにつまずいているのかを見つけ、それに合った方法を使うことです。下記はそのヒントです。
最初に大枠を説明してもらう
その場、その時、の部分的な情報だけを教えられると、全体像が分からず記憶が残りにくいため、まず業務の目的や期待するゴール像、他の工程を含めた全体像を示してもらい、その中で自分の作業がどこに位置づけられているか示されるととても理解しやすくなります。
図表やフロー図など視覚的に分かりやすいものを用いるのも有効なことがあります。
記憶に頼らず、記録を残す
「頑張って覚える」のではなく、「後から確認できる状態を作る」ことが大切です。
口頭で指示されたら、ゆっくり話してもらう、メモを取る時間をもらう、可能であればメールやチャットでも指示を残してもらう、作業手順をチェックリストにする、ポイントを箇条書きにしてもらう、といった方法が役立ちます。オンラインでミーティングをして録音するとか文字に起こしてAIで要約しておくなどの方法もあります。 また、説明を聞いた後に、「まずAについて始めて、●を△すればよいのですね」と自分の言葉で復唱して確認するのも有効です。理解のズレをその場で修正することができますし、言葉に出すことで記憶を定着しやすくすることもできます。
仕事を小さな手順に分解する
「資料を作成する」「顧客対応をする」といった大きな単位のままでは、結局何から始めればよいか分からないことがあります。
その場合には、先のことは考えず「まずは5分だけやろう」と決めて行動を始めます。そして、
資料を開く⇒前回の資料を確認する⇒データを集める⇒入力する⇒上司に確認してもらう
というように、今やるべき目の前の具体的な作業を「ひとつ」にして取り組むようにします。 todoリストで複数を書き出すのではなく、今やることをひとつだけ決めてまず5分着手するつもりで始めます。
「例外」と「分からないときの尋ね先」を教えてもらう
基本手順だけでなく、「こういう場合はどうするのか」をセットで確認することも大切です。 「基本はA。ただし○○の場合はB」「ここまでは自分で判断し、それ以上は上司に相談する」。相談するときには、どんなことでもまずCさんに訊いて良い。といった判断基準が分かると行動しやすくなります。
まとめ
仕事を覚える力は、単純な記憶力だけで決まるものではありません。
情報の受け取り方、頭の中での整理の仕方、段取りの立て方、状況に応じた応用の仕方など、いくつもの機能が関わっています。
「なぜ自分は覚えられないのだろう」と自分を責めるよりも、「自分はどの段階でつまずきやすいのか」と具体的に見ていくこと。 そこが、自分に合った仕事の覚え方を見つける第一歩になります。
佐藤 恵美
精神保健福祉士・公認心理師・キャリアコンサルタント・臨床発達心理士
北里大学院にて医科学修士取得。精神科病院や都内クリニック副院長を経て、 2020年「メンタルサポート&コンサル沖縄」を設立。企業・公的機関での労働者カウンセリングや職場研修のほか、 キャリアコンサルタント養成にも注力。日本産業精神保健学会理事。著書に『もし部下が発達障害だったら』、『部下の発達特性を活かすマネジメント』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『職場の同僚のフォローに疲れたら読む本』 (PHP研究所) など多数。